学校は「学び方を学ぶ」場所

こんなの大人になったら使わないじゃないか

国語にしても、数学にしても、地理や歴史にしても「大人になったら使わない」というのは概ね正しいです

法律で規定された「大人」になってから30年経つけど、鎌倉幕府の話で盛り上がったことないし、「そこ『レ点』があるから違うだろ」なんて指摘を受けたことはただの一度もないです

唯一、役立ちそうなのは英語じゃないかなー。もっとも英語の勉強を一番サボっていたので、もっとも使いこなせない科目です。これはちゃんとやっておけばと思いました(マジで)

私は学生時代から「将来、こんなものは使わない」と考えていたから、勉強はさぼりまくりで、成績は常に下から数えた方が早い方でした。その時は「試験の成績では俺の価値は計れねーぜ」と思っていたなー(遠い目)

社会は結果を求めている

卒業することで、勉強という束縛から解放されました。これは本当に嬉しい。学ぶことは必要なく、宿題なんかもありゃしない。「やったね!」と思っていのですが、それはすぐに勘違いだと気づかされます

アルバイトだろうと、正社員だろうと、派遣社員だろうと「仕事の仕方を覚える」という儀式が待っています。それは学校の勉強のように体系的に教わるのではなく、その場で教えられ、覚えて、即座に実行しなければなりません。いわゆるOJT(オン・ザ・ジョブ・トレーニング)というやつです

覚えられない、きちんと実践できないと…クビですよ。えぇ、試用期間中に「お前はいらない」と言われちゃうんです。学生だとしたら「成績悪いので退学」と言われているようなものです。社会って厳しいィィ!

たまに「社員研修」ものがある会社もありますが、大手ぐらいですよ。そんな悠長なことしてくれるのは…それでさえも出来るまでやらされます。逆上がりができるまで帰してもらえないぐらい強制的です。努力なんて、どうでも良いのです。結果を出すことが求められるわけです

社会は結果を必要としているです

そんなことを体験するようになって、ふと「学校の勉強って何だろう」と考えるようになりました

「学校で勉強する意義」ってなんだろう

世の中には「大学不要説」「高校不要説」があります。その声はだんだんと大きくなっているように感じています。ホリエモンも「学校はいらない」と言っています。なぜなら「好きなことを一日中やっていた方が、最速で好きなことの一流になれる。それで生きていける」というわけです(私なりの要約です)

すごい説得力ありますね。ただし、誤解しちゃいけないのは、このことです
念のため、≠は等号否定で左辺と右辺はイコール(同じ)ではないです

学校に行かなくてもいい ≠ 勉強しなくてもいい

一流になるためには勉強が必要です。英語の文献を読むためには、英語が理解できなくてはいけません。日本語の書籍などを読むにしても、誰かに教わるにしても、専門用語がわかっていないと理解できません

平易な言葉で書かれていても、「最高の教材」を手に入れても、読解力がなければ、読めない、理解できない、実践できない、結果が出ない、というコンボが発生します。最低限の理解力を得る必要があるのです

AI vs. 教科書が読めない子どもたち」という書籍が話題になったことがありますが、問題を適切に読むことができず、そのため答えを間違える学生が多くなっているとのこと。この書籍では、AIにも同様のことが発生するので「東大を目指すAI」のプロジェクトも失敗したと報告されており、AIに勝つには「読解力をつけること」としています

ここまで話してくれる何となく「学校で勉強する理由」が分かってくると思うけど、まさに答えはこれになるんだろうなー

学校は勉強の仕方を学ぶところ

「そりゃそーだけど、それでも因数分解とかいらんでしょ」と思いますよね。そうです。「勉強の仕方を学ぶ」というのは、理由としては半分ぐらいしか説明できていません。実はもう一つ重要な理由があります

それが「結果を出す」ということです。この方がより重要です。「結果を出す」って先程出てきましたよね。そうです、社会人に強制される結果を出す手段を学生時代に学べるのです

世の中、結果を出したもの勝ち

学生が結果を出すというのは、どういうことでしょうか?一番最初に思いつくのは「成績」ですね。クラス順位、学年順位、など自分がどのくらいの順位なのかが試験という手段によって数値化されます

試験はどう作られるか、考えたことありますか?ほんとどないと思いますが、試験を作る学校の先生の気持ちになって考えましょう…「誰もが解ける問題ではダメ、誰も解けない問題ではダメ、成績がバラつくようにする」ということを考えるはずです。そうしないと生徒たちを順位付けできないからです

あれ?自分の実力を測るものじゃないの?違います!

100点だらけ、0点だらけじゃダメ。満遍なくバラつくように意識して作られているんです。そう考えると「ひっかけ問題」がよく使われる理由もわかりますね。そうウッカリ者の点数を減らすためです

先生がそういう風に考えながら試験を作るのならば、受ける側も「要領よく成績を上げる」という考えのもとで挑むのが得策です

「こういう問題を出すだろう」「連続して同じ選択肢にしない」「注釈に重要なヒントがある」など先生のクセや好みを見抜いていけばOK。バカ真面目に網羅的に勉強するのではなく、試験に出るところだけ勉強する方が利口です

「結果を出す」に特化する

こう考えると勉強の仕方も当然変わってきます。要領よく結果を出す方法を真剣に考えて、実践する、まさに社会人となって必要になるテクニックを学生のうちに身につけることができるわけです

学生時代を思いだすと「勉強していない(授業中良く寝ている)のに成績だけは良い」という奴、いたでしょう?それは試験の要領を心得ていたからなんですよ(クソー、あの時に気づいていれば…)

社畜とはバカ真面目な人たち

会社に奴隷のように働かされながら、転職することもなく働く人たちがいます。社畜と呼ばれる彼らは「真面目」なんです。言われたことに忠実に従っているに過ぎません。学生時代に親から「先生の言う通りにしなさい!」と言われて育った子たちが、社会でも同じようにしているだけです

彼らのことを「辞めればいいのに」と一言で済ませる人がいますが、彼らを理解していないからでくる言葉です。学生時代に盲目的に従うことを指導されて忠実に守ってきた。それが社会に出た瞬間に「自分で考えて、決断して、行動しろ」と責められるという理不尽

「これでいいのか?」と疑う能力があり、もっと要領よく仕事をして、面倒から逃げることはできないか?と考える、ようするに「楽する能力」を身につけていないことが不幸なのです

就職しない!起業するから勉強不要!ちょっと待て

社会が結果を強制するのならば、自分の独自の世界を構築して、その中で生きていく。こういう意見もあるかもしれないですね

「グレイトだぜ(東方仗助)」

だけど、これも結果を出す必要があるのには変わりがありません。むしろ「会社」という狭い閉じた世界で結果を出すよりも、熾烈になることを覚悟しなければならないのです

お客さんからお金をいただく、これがビジネスの基本です。起業するというのは、大手から個人事業主まで同じリングで戦う、ルール無用なバトルロワイヤルと一緒です

それこそ、大手の急所を的確につき、同じ起業家より素早く行動して、顧客の心を掴み取る能力が必要とされます(なんか、いきなりハードルが上がった)

要領よく生きろ

社会人になって必要なのは、要領よく生きることです。バカ真面目ではなく、ピンポイントにエネルギーを集中させることが必要です

学校の勉強が不要なのではなく、学校の勉強を「どう利用するか?」という視点に立つと勉強の価値が変わってきます。要領よく生きるための訓練所と思えば良いのです。とてつもない猶予期間を与えられているわけです

「成績を要領よくUPする」と考えながら勉強してみる。それだけで全然変わります。無駄ではなく、むしろ有難い時間と言えます。逆に言えば、学生時代に要領よく生きられないのならば、社会に出ても要領よく生きられません

最後にドラマ「ドラゴン桜」の中のセリフを載せておきましょう。これもまた勉強の必要性を説いたものです。ドラマ自体面白いので機会があれば是非見て欲しいですけどね

賢いやつは騙されずに得して勝つ。
馬鹿は騙されて損して負け続ける。
これが今の世の中の仕組みだ!
だからお前ら騙されたくなかったら、損して負けたくなかったら、
お前ら勉強しろ!

ドラマ「ドラゴン桜」

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