「儲ける」ことへの反対勢力

子供の頃に「お金持ちになりたい!」とかいうと、大人は微笑みながら「なれるといいね」という人、「そんな簡単じゃないよ!」という人がいた

「なれるといいね」というポジティブな反応のように思えるけど、実は続きがあって「なれるといいね。多分、無理だけど」という気持ちじゃないかなーと思ってみたりする。

「そんな簡単じゃないよ!」というのは「なりたい!」という素朴な願望に対して、「夢見てんじゃねー、とっと諦めろ」と言われているような気分だ。夢見ることも許されないなんて辛くない?

「お金持ちになりたい」なんて「サッカー選手になりたい」「漫画家になりたい」「アイドルになりたい」みたいな夢と同じだと思うんだよね。「お金持ち」というのは抽象的だけど、身体的な能力が無くても、生まれ持った才能がなくてもなれると思うから、もっとも現実的で魅力的な選択肢じゃないかな。

ことお金を稼ぐ話になると、大人は逃げ回る傾向にある。もっとお金があったらいいのにね、という純粋な思いを言葉にすると…「お金の話をするんじゃない」なんて言われるし、あと「無駄遣いするなよ」と怒られることも多かった。

お金の出口(支出)には「節約だ」「貯金だ」と膨大なエネルギーを注ぐくせに、お金の入口(収入)については見て見ないふりをしているようにも思える。

大人の事情を考えると「収入を増やす」というのは、転職するか起業するなど「今を変えるか」、宝くじが当たるとか遺産相続するような「サプライズ」しかないのかもしれない。「今を変える」って結構大変だし、勇気がいる。失敗する可能性もあるから、現状維持のほうが楽なんだろう。

子供の頃のような「お金持ちになりたい」という純粋な気持ちをもったまま、大人になってもいいんじゃない?そういう人ほど、今日とは違う明日のために何か新しいことにチャレンジしたり、勉強を始めたりしているはず。

昨日と同じ、去年と同じ、10年前と同じ、生活を続けていない?
惰性で生きることはできる、多分、明日も食べていける。
それでいいのかなー

子供頃の反対勢力は周りの大人だった。
でも大人となった今、反対勢力は自分自身だったりする。
自分自身に対して「このままじゃダメだ」という勇気こそが、今必要なのかもしれない。

結論

惰性で生きている人、多すぎ!

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